airiphys’s memorandum

@airi_physics の覚書

知的体力

研究でも多くの職業でも「知的体力」はとても重要だと思っている.

 

どれくらい知られた言葉なのか知らないが,以前に「知的体力重要だな〜」的なことをtweetしたら,友人から,

(知的) 体力っていうのは分かるまであきらめない心の体力みたいなもの?

と問いをもらったので,

そうだと思ってる. 答えのない(orあるかわからない)問を考え続けたり,納得のレベルを自分で下げないこととかもそうかなって思ってる.

と返答したことを覚えている.

(友人の解釈もまた正解だと思うし,自分の解釈も自分の勝手な理解なので,世間一般でどう定義されるかは知らない.)

 

 

「知的体力」という言葉をどこで初めて見たのかはわからないが,

その重要性はあるインターン前後にわかった気がする.(2015年5月後半のはなし)

 情報を集めるためにネットサーフィンしていて,

書評: 「採用基準」 伊賀泰代 : タイム・コンサルタントの日誌から

を見つけて読んでいた.長いので,知的体力ということに関してのみ重要なのはこの部分(最後の段落):

 コンサルタントに必要な頭の良さとは、分析力よりも、問題解決案を考える能力だというのも、重要な指摘だ。とくに、著者が『知的体力』と呼ぶ、(正解のない問題を)何時間でも何日でも考え続ける能力は、ほとんどの人が見落としている、大事なポイントだと思う。ほんの数時間のケース面接でふらふらになってしまうような知的体力の乏しい応募者では、先々こまるのだ。そうした若者は、いつも正解のある問題ばかりに取り組み、記憶のストックの中から正解を探し続けてきたのだろう。わたし達に必要なのは、著者のいうリーダーシップとともに、この知的体力の向上だろうと考える。

 これを(流し)読んで,ああ,自分が評価してもらった理由はこれなんだと思った.同時に,研究の世界には,知的体力の魔神みたいな人がたくさんいることも知っている.

ただ研究するたびに新しい興味がたくさん湧いてくるのでごく自然なこと,とも思えることもある.けど,やっぱりだれにでもあるわけじゃない.研究者でも.

 

進めていくと,いつか「これに関してはここまでで十分だ.」といってやめる時が来る.それはもしかしたら,次に進むためのいい見切りかもしない.もしくは単に辛抱が足りなかったのかもしれない.その線引きはとても難しい.

 

また,「知的体力」と「執念」も紙一重だ.

「追うべき問いを状況に応じて変化させながら,一つながりとして大きなことをする」のが正解でそれは知的体力であり,「ただ一つの問いを追い続ける」のが執念と言えるかもしれないが,どうだろう.執念の方が実は良かった,という結果論は多数あるように思うし,どちらがいいとも言えないが.

 

自分は自分なりの解釈の「知的体力」を磨いていきたい.

#このリンクの書評された本,明らかに今までの自分が手に取らなそうな本なのだけど,まぁ学ぶ部分はあるように思う.気が向けばね.